Girl! Girl! Girl! 序章


<序章:始まりは「初めての……」から>


それは、新しい年の明けたある寒い冬の日―――――

「左近! 俺はアルバイトをすることになったぞ!!」
「はい?」

ある日の夕食の席。唐突に告げられた三成の話の内容に、左近は困惑気味に太い眉を顰めた。

「アルバイトですか……いったい何をするんです?」

昨今、アルバイトに重きを置く余りに学業が疎かになる大学生の話は良く聞くが、じつは三成自身は一度もアルバイトをしたことがない。
甘やかされているのか、学業に専念をしろということなのか、はたまた前世(?)で散々働かせてしまった反動なのか、三成の養父母の秀吉夫婦は十分過ぎる以上の支援をしてくれている。
そのお陰で、三成は今迄一度もアルバイトをする機会もなく、当人も特に働く必要性を感じていない。
なのに、突然のアルバイト宣言。
なにか、金銭的な問題でもあるのかと不思議に思ったが、物欲が極端に淡泊な三成に限って、そんな事態が生じる可能性は低い。第一、何かしらの緊急事態が発生したのであれば、真っ先に自分に相談をしてくれるはずである。
となると、恐らくアルバイトといっても自発的なバイトではないと想像される。
学生としては学業に専念できる環境はよいのだが、その反面、三成の少々社会的な経験不足は否めない。その経験不足が、三成の天然ボケを増長しているのだが、本人はそれにまったく気が付いていない。ついで、左近としてもそこが可愛いからまったく気にしていない。
ともあれ、そんな三成のアルバイトの裏に第三者の思惑を感じ取って左近は不安になる。
左近の不安げな表情を察して、三成はニコニコと秀麗な口元を緩めて楽しげに話を続けた。

「そんな心配そうな顔をするな、左近。吉継の店でのバイトだから大丈夫だ」

大谷吉継。
三成を溺愛する義理の兄。超一流大学の出身の所謂イケメンの秀才。大手外資系会社で経営コンサルトとして働き始めた矢先、三成の「毎日ケーキが食べたいなぁ」という無邪気な一言のため、そのエリート街道をさっくり捨てた漢。
元々、そちらの方面にも才能を持っていたのか、三成への愛故か、若いながらもパティシエとして一流の技量を磨き上げ、日々三成の希望を叶えてやっている。
パティシエの腕とクールなルックス、そして経営の才が合わさって、昨年オープンしたばかりの店 「マ・シェリー・アンジュ(私の愛しい天使)」は、女性たちの口コミで大いに繁盛をしている。店名から誰のための店か容易に推測できるが、そんなことは女性たちにとってはあずかり知らぬところだろう。
そんな吉継が三成に持ってきたというバイトならば、怪しい内容ではないと……思いたい。が、とあるバレンタインの日に起こった出来事が左近の脳裏に蘇った。

「あの……大谷さんの店って……ま、まさか……?」
「ど阿呆ッ! 俺がまたあんな恰好をすると思うのか!! もう二度とやらんわ!!!」

意味深げに眉を深く寄せる左近に頬を真っ赤にしながら三成が怒鳴り返す。
三成の云う「あんな恰好」とは、「マ・シェリー・アンジュ」の制服であるクラシックなメイド服のこと。かつて、親愛なる義兄と大筒な恋人の男の願望を叶えるために渋々とメイド服に袖を通した過去があるが、詳細はここでは割愛しよう。

「それもそうですね。それでは、ギャルソン……ですか?」

三成の料理の腕を身をもって体験した経験上、いくら三成に激甘な大谷であってもケーキ造りの手伝いをさせることはまずあり得ない。やりたいと云いだしても、きっと口先三寸で緊急避難するはず。
となると、他にケーキ店のバイトとして働くなら給仕くらいしか思い付かなかった。
清潔な白いシャツに小さめのネクタイ。タイトな黒いベストに同じく細身の黒いスラックス。長めのエプロンから覗くのは綺麗に磨いた黒い革靴。


     いいかもしれない……


あのメイド服もよく似合っていたが、キリッと引き締まったギャルソンの制服も怜悧な容貌の三成にはよく似合う。
だが、左近の夢想を察しよく三成は看破すると、冷徹な一言を発する。

「いや、違う。お前はどうしても制服から離れられないようだな。この変態め」
「いや……まぁ、いいです。それじゃ、どんなバイトなんですか?」
「それはだな………………」

若干、傷ついたという表情を浮かべる左近に三成は自慢げに唇を開くのであった。





2008/03/02